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光のものさしであるレーザ光源を用いて、マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を100分の1に低減

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高精度なマイクロ波・ミリ波を用いた高速・大容量無線通信に向けて

 NTTと東京電機大学は5月17日、線スペクトルが等しい間隔で並んだレーザ光源であり、光のものさしになることが知られている光周波数コムを用いて、マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を従来の100分の1に低減することに成功したと発表した。同研究では、光周波数コムをマイクロ波・ミリ波発生装置の雑音の高感度検出器として利用し、その雑音を減らすような制御機構を実現することにより、マイクロ波からミリ波までの広帯域な信号の雑音を大幅に低減する技術の開発に成功した。例えば、25GHz信号の中心周波数から1kHz離れた周波数の雑音は、-110dBc/Hzにまで低減でき、これは、現在の市販で最も低雑音級のマイクロ波・ミリ波発生装置に比べて、雑音を100分の1まで低減できたことを意味する。この技術を用いて発生した低雑音なマイクロ波やミリ波は、次世代の高速・大容量無線通信に貢献できると考えられる。
 本研究の一部は独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成金の助成を受けて行われたという。

研究の背景

 現代の高度情報化社会においてマイクロ波・ミリ波発生装置が担う役割は極めて大きく、無線通信からレーダ計測まであらゆる電子計測機器の内部に広く活用されている。近年、レーダ計測、無線通信、精密分光の分野でより低雑音なマイクロ波やミリ波が必要とされている。ここでの課題は、市販のマイクロ波・ミリ波の発生装置は、水晶発振器(基本周波数10MHz)として知られる発振器の周波数を整数倍して、必要とする周波数を発生させる方法を取っているため、雑音も増加する点だ。例えば、1GHzのマイクロ波を発生させる場合は、10MHzの水晶発振器で発生する雑音が10,000倍に拡大されてしまう。
 このマイクロ波やミリ波信号の雑音を低減するには、それよりも低い雑音の何らかの基準信号と、その基準信号との雑音の差を検出する技術、およびその差を用いてマイクロ波・ミリ波発生装置にフィードバックして信号源の雑音を低減する技術とが必要となる。高精度なマイクロ波の基準としてはカーナビにも利用されているGPS信号がるものの、GPS信号の周波数も10MHzであるため、上記の応用で重要な数十GHz帯では雑音が拡大してしまう。一方、NTT物性科学基礎研究所(以下、NTT物性研)では、線スペクトルが等しい間隔で並んだレーザ光源であり、光のものさしになる光周波数コムに注目し、25GHz周波数間隔の光周波数コムを開発してきた(図1)。

 

図1:光周波数コム

図1:光周波数コム

 彼らが開発しているこの位相変調器ベース光周波数コムは、一般的なモード同期レーザベース光周波数コムとは異なり、数十GHzの高繰返しかつ繰返し周波数が可変のパルス列の発生が容易に実現できるが、中心波長から離れるに従って雑音が増幅され、スペクトル幅が拡大されるという問題点があったという(図2)。

図2:時間・周波数領域でのレーザーパルス

図2:時間・周波数領域でのレーザーパルス

研究の成果

 今回発表された研究では、この雑音増幅に伴ってスペクトル幅が拡大される位相変調器ベース光周波数コムの問題点を利用して、高感度な「雑音検出器」として用いることで、従来よりも低雑音な周波数可変マイクロ波・ミリ波を発生させるアイデアの原理実証に成功すると共に、位相変調器ベース光周波数コムの問題点を克服したという(図3)。マイクロ波・ミリ波の雑音は、25GHz信号の中心周波数から1kHz離れた周波数の雑音は、-110dBc/Hzにまで低減した。これは、市販で最も低雑音級のマイクロ波・ミリ波発生装置よりも雑音を100分の1まで低減できたことになる。半導体レーザの中心波長から、より大きく離れた波長の参照レーザを用いれば、更に雑音を低減することも可能だという。また、同技術の汎用性を示すために、低雑音化されたマイクロ波・ミリ波発生装置の発振周波数の可変範囲の拡大を図り、6-72 GHzの帯域で連続可変することにも成功している。

 

図3:マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音低減

図3:マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音低減

技術のポイント

25GHz繰返し短パルスを用いた広帯域光発生(NTT物性研・東京電機大学)

 今回の研究では、広いスペクトル帯域の光周波数コムが必要なため、短い時間幅の光パルスを発生させた。最初に、半導体レーザ(レーザのスペクトル幅800Hz)からの出力光に対して、25GHzの周期で駆動する6台の位相変調器を用いてレーザ出力光のスペクトルの幅を拡大させ、光ファイバを用いて各波長の伝搬速度を制御することで短パルス化する。更なる短パルス化を行う為に、光増幅器内部での増幅に伴う非線形効果を利用して、段階的にスペクトルを広げていくことで、スペクトル帯域幅の拡大を図り、200フェムト秒(10-15s)程度まで短パルス化する手法を開発した。その後、非線形ファイバと呼ばれる光ファイバを用いて広帯域光を発生させる。

 

マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音低減(NTT物性研)

 光周波数コムと、スペクトル幅が狭く雑音が低い参照レーザ(基準レーザ)との干渉によって光周波数コムのスペクトル上で増幅された雑音情報を電気信号に変換することでマイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を高感度に検出する。その信号を用いて、マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を低減する(図3)。位相変調器ベース光周波数コムのスペクトル幅はマイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を反映しており、中心波長から離れるにしたがって雑音が大きくなり、スペクトル幅も太くなる。従って、雑音の検出のために中心波長から大きく離れたスペクトルを利用すると、マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音をより大きく低減できるという特徴があり、その原理実証をしたという(図4)。図4は半導体レーザの中心波長から10本と278本離れた光周波数コムを用いたときの25GHz正弦波信号の雑音を示している。278本離れたスペクトルを用いると、市販で最も低雑音級のマイクロ波・ミリ波発生装置(GPS同期)の雑音よりも大幅に低減できる。更に、光周波数コムの光源を半導体レーザから狭線幅レーザー(線幅1Hz)に変更すると、25GHz信号の中心周波数から1kHz離れた周波数での雑音は、-110dBc/Hzまで低減できる。また、この結果を拡張し、3277本離れると、10,000分の1までの雑音低減が可能であることもシミュレーションにより明らかになったという。
 マイクロ波やミリ波の周波数をさらに広範囲に連続に可変するには、2台の電圧制御発振器(VCO)を用いる。25GHz信号発生用のVCOを用い、それに周波数可変用のもう1台のVCOを加えることで6-72GHzまで周波数を変えることができる。今回の実験では、6-72GHzまで周波数を変化させ、マイクロ波からミリ波の各周波数において、マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音が低減することを実証し、各周波数の雑音を大幅に低減することができたという(図5)。

 

図4:25GHzマイクロ波・ミリ波信号発生器の位相雑音低減

図4:25GHzマイクロ波・ミリ波信号発生器の位相雑音低減


図5:連続周波数可変な低位相雑音マイクロ波・ミリ波信号発生(6-72GHz)

図5:連続周波数可変な低位相雑音マイクロ波・ミリ波信号発生(6-72GHz)

 
 

今後の展開

 今回実証した低雑音なマイクロ波やミリ波は、従来のマイクロ波やミリ波発生装置の雑音を100分の1に低減するもの。今後は、半導体レーザの中心波長から、より大きく離れた波長の参照レーザを用いることにより、市販で最も低雑音級のマイクロ波・ミリ波発生装置の雑音よりも10,000分の1まで低雑音化されたマイクロ波・ミリ波発生技術の確立を目指すとしている。同研究において確立した低雑音なマイクロ波・ミリ波発生技術を用いて、次世代の高速・大容量無線通信や周波数・時刻同期技術の精度を向上するための研究開発を続けていく予定だという。