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既設光ファイバを用いた大容量マルチバンド波長多重伝送に成功【NEDO、富士通、KDDI総合研究所】

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現状の商用光伝送技術に比べて5.2倍の波長多重度での伝送が可能

 NEDO、富士通、KDDI総合研究所は12月4日、NEDOが委託する「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」(以下、本事業)の一環で、富士通とKDDI総合研究所が既設光ファイバを用いた大容量マルチバンド波長多重伝送技術の開発に成功したと発表した。

 三機関は「従来、中長距離の商用光通信では使用されていなかったC帯以外の波長帯を、一括波長変換およびマルチバンド増幅技術を用いて伝送可能にする技術を開発した。本技術を導入した光ファイバ通信網では、現状の商用光伝送技術に比較して5.2倍の波長多重度での伝送が可能になる。また、既設の光ファイバ設備を利活用するため、経済的かつ省力的に通信トラフィックを増大できる。さらに拡張工事が難しい都市部や密集地での伝送容量を容易に拡大でき、サービス開始までの時間短縮やコスト削減も期待できる」と説明している。

図1:開発された大容量マルチバンド波長多重伝送技術を適用したシステムのイメージ

背景

 IoTや人工知能(AI)、ビッグデータ解析などを活用した新たなサービス、アプリケーションが増加する中で、情報処理の需要が急激に高まっている。中でもAI・ビッグデータ解析は、処理遅延を解消するために、現在のコアクラウドによる集中データ処理環境から、エッジデータセンタでの分散処理環境へシフトすると予想されており、大容量・低遅延の伝送が求められている。また、2025年から2030年ごろのポスト5G時代では、フィジカル空間(現実空間)のデータを即時にサイバー空間(仮想空間)で蓄積・解析し、フィードバックする両空間の完全同期も期待されており、これを実現するためには、大量の情報があらゆる空間において遅延なく安全かつ確実に流通できる、高度なネットワークインフラの確立が必須だ。
 こうした背景を踏まえ、NEDOはポスト5G情報通信システムの中核となる技術を開発することで、日本のポスト5G情報通信システムの開発・製造基盤強化をめざしており、この一環で、富士通およびKDDI総合研究所は、2020年10月から2023年10月まで、ポスト5G光ネットワークを高性能化する本事業に取り組んできた。従来の商用光ファイバ通信網では、光が光ファイバの中心部のみを通るシングルモードファイバを使用し、主にC帯(波長帯域:1530nm~1565nm)を光ネットワークの信号伝送帯域としてきた。しかし、通信トラヒック量の増大に伴い、C帯だけでは伝送容量の不足が予測される。そこで、本事業では、ファイバ1本あたりの伝送容量を増やすために、利用する波長帯域をC帯からL帯(1565nm~1625nm)、S帯(1460nm~1530nm)、U帯(1625nm~1675nm)、O帯(1260nm~1360nm)へと増やし、マルチバンド化することをめざした。

今回の成果

 今回、NEDOおよび富士通、KDDI総合研究所は、既設光ファイバ通信網を用いた光通信の伝送容量を拡大する技術の開発に成功した。

図2:既設ファイバ1本におけるO帯、S帯、C帯、L帯、U帯を同時伝送した場合の受信光スペクトル

 富士通は、マルチバンド伝送における伝送性能の劣化要因を考慮したシミュレーションモデルを構築し、マルチバンド波長多重システムの伝送設計を可能にした。シミュレーションモデルには、商用光ファイバ特性の測定結果および一括波長変換器/マルチバンド増幅器の実験系検証により抽出した伝送パラメータを反映することで、実機測定との誤差を1dB以内に抑える高精度シミュレーションを実現し、バンド帯間の相互作用や伝送性能の劣化を考慮した設計を可能にした。
 また、KDDI総合研究所は、これまでDWDM伝送で活用されることがなかったO帯で、従来のC帯の2倍の周波数帯域幅の活用を可能にした。
 両者の技術を組み合わせ、既設の光ファイバを用いて実際に伝送実験を行い、O帯、S帯、C帯、L帯、U帯でのマルチバンド波長多重伝送(伝送距離45km)を実証し(図2)、従来のC帯のみの伝送と比べて波長多重度5.2倍の伝送が可能であることを示した。さらにシミュレーションでは、S帯、C帯、L帯、U帯でのマルチバンド波長多重伝送(伝送距離560km)を確認した。

 本技術を導入した光ファイバ通信網では、C帯を用いた商用光伝送と比較して5.2倍の波長多重度での伝送が期待でき、既設の光ファイバ設備を利活用することにより、経済的かつ省力的に伝送容量を拡大できる。さらに拡張工事が難しい都市部や密集地でも容易に伝送容量を拡大でき、サービス開始までの時間短縮やコスト削減も期待できる。

主要な研究成果

マルチバンドDWDM伝送技術を確立
 従来、C帯での伝送システムの設計では、定数として扱うことで実用上問題なかったパラメータも、S帯+C帯+L帯+U帯にわたるマルチバンド伝送では波長帯間の伝送性能の差異が無視できなくなり、より厳密に波長依存性を考慮した設計が必要となる。
 例えば、非線形の劣化要因は、伝送路に入力される光パワーが高くなるほど、また、伝送距離が長くなるほど顕著となり、伝送性能の制限要因となる。特に複数の波長による光の相互作用によって生じる誘導ラマン散乱や相互位相変調、四光波混合は、波長多重度が高い場合に顕著となるため、マルチバンド波長多重システムの伝送性能に大きく影響を及ぼす。
 今回、このようなバンド帯間の相互作用や伝送性能の劣化要因を考慮したシミュレーションモデルを構築し、マルチバンド波長多重システムの設計手法を確立した。また、S帯、U帯のWDM光信号は、それぞれC帯、L帯の光信号から全光信号処理技術により生成するため、S帯とU帯専用の送受信機を用いる必要はない。これらの技術を組み合わせてS帯+C帯+L帯+U帯において、高速かつ大容量な通信が可能な、光の位相を利用するコヒーレント伝達技術によるDWDM伝送を可能とした。

図3:誘導ラマン散乱によるマルチバンド間の信号光パワーの遷移
上図:制御をしない場合、下図:ファイバ伝搬後の光パワーが平坦になるように制御をした場合

O帯におけるコヒーレントDWDM伝送技術を確立
 従来、コヒーレント伝送技術では、他の光信号成分に影響されてO帯伝送信号がゆがみやすく、O帯において生じやすい非線形雑音は、一般的にデジタル信号処理技術で取り除くことが難しいため、システム全体のパフォーマンスを低下させてしまう。このため、これまでO帯では、コヒーレント伝送技術の適用は難しいとされてきた。
 O帯における非線形雑音の最小化は、高密度に多重化した各波長信号に対する送信光パワーを適切に設定することで可能となった。このアプローチにより、送信機側の信号補正や受信機側での波長分散補償のプロセスを省略しても、非線形雑音の影響を最小化し、O帯の9.6THzにわたってコヒーレントDWDM伝送を実現した。ゼロ分散付近の波長帯であるO帯は、波長分散による影響が小さく、デジタル信号処理の負荷を軽減させ、エネルギー効率を向上させるという利点がある。