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世界最速、グラフェン光検出器のゼロバイアス動作220 GHzの実現と光-電気変換プロセスの解明【NTT】

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広帯域高速光検出器材料としてのグラフェンの有望性を実証

 NTTは9月12日、NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)と共同で、グラフェン光検出器(※1)の世界最速ゼロバイアス動作(※2)(220 GHz)を実現し、さらにグラフェンにおける光-電気変換プロセスを解明したと発表した。

※1:光検出器(フォトディテクタ)
光信号を電気信号に変換することにより、光を電気的に検出するためのデバイス。シリコンなどの半導体を用いたものが一般的。
※2:ゼロバイアス動作
ソース・ドレイン電極間に電圧を印加しないで行う動作。特に、グラフェンではソース・ドレイン電圧を印加すると大きな電流が流れてしまうため、消費電力および信号雑音比の観点からゼロバイアス動作が必須。

 グラフェンは、THz波から紫外光までの広帯域の光に対して高感度かつ高速に電気応答すると期待されており、光検出器として利用することにより、既存半導体デバイスが動作しない波長領域でも高速の光-電気変換が可能になる有望な材料だ。
 しかしながら、これまでゼロバイアス下における実証動作速度はデバイス構造や測定機器の問題により70GHzに限られていた。またこれらの問題により、グラフェン本来の性質を調べられておらず、光検出器としての動作原理が解明されていなかった。
 これに対し、同研究ではデバイス構造に由来する電流遅延を取り除き、オンチップTHz分光技術を用いて電流を高速で読み出すことにより、220 GHzの動作速度を実証することに成功した。また、動作速度と感度にはトレードオフの関係があることを示した。さらに、これらの結果を解析することで、グラフェンにおける光-電気変換プロセスを解明することにも成功したという。
 NTTは「得られた知見により、感度を優先した光センサや速度を優先した光-電気信号変換器など、使用用途に合わせてグラフェン光検出器の設計を最適化することが可能となる」としている。

図1:グラフェン光検出器のこれまでの課題と本研究の成果

研究の背景

 光信号を電気信号に変換する光検出器は、情報通信、センサ等で利用されている光技術のキーデバイス。特に、既存技術の帯域制限を超える広帯域通信や様々な波長領域の光センサを活用したスマートな社会の実現に向けて、広帯域かつ高速で動作する光検出器の実現が求められている。グラフェンは、これらの要求を満たすと期待されている有望な材料だ。
 これまでのグラフェン光検出器に関する研究により、THz波から紫外光までの超広帯域(※3)で動作すること、わずか原子一層で2.3%もの光を吸収するため高効率化が可能であることが示されている。一方、ゼロバイアス下の実証動作速度はデバイス構造や測定機器の問題により70 GHzに制限されており、200 GHzを超えるという理論的期待に大きく及んでいない状況だった。また、これらの問題により、グラフェンが本来持っている応答が調べられていなかった。
 従って、200 GHzの動作速度を実証するとともに、グラフェンにおいてどのようなプロセスによって光信号が電気信号に変換されているのかといった本質的な物性を明らかにすることが、グラフェン光検出器の課題だった(上記 図1)。

※3:超広帯域
 一般的な半導体光検出器の場合、材料固有のバンドギャップ以下の光を吸収できないため、長波長(シリコンの場合は1 μm程度以上)の光に対して感度がない。一方、グラフェンはゼロバンドギャップであることから、THz波(波長:~1 mm)に対しても感度があることが知られている。

研究の成果

 研究グループは、消費電力および信号雑音比の観点で応用に向けて必要とされるゼロバイアス動作が可能な光熱電効果(※4)に着目して、グラフェンにおける光-電気変換の研究を行った。NIMSが成長した最高品質の六方晶窒化ホウ素を用いて、NTTでグラフェンの両面を保護し極めて清浄なデバイスを作製し測定を行った。

※4:光熱電効果
ゼーベック係数(温度差と電圧の関係を表す係数)の異なる物質の接点に温度差をつけた際に電圧が生じる現象が熱電効果。特に、光照射によって温度を変化させる場合を光熱電効果と呼ぶ。グラフェンの場合、ゼーベック係数は電荷密度によって変化する。同研究では、電極との界面付近に電荷密度が異なる領域が形成されることを利用して、光熱電効果を起こしている。

同成果で製作したグラフェン光検出器および実験結果
 光熱電効果では、光照射によって上昇したグラフェン中の電子の温度に応じて電流が流れる。高速光-電気変換の実現には、光照射のON/OFFに電流が遅延なく追随できるデバイス構造と、その電流を高速で読み出す技術が鍵となる。そのために、一般的に用いられている金などの金属材料ではなく、酸化亜鉛(ZnO)薄膜をゲート材料として用いることでグラフェンとゲートとの間の静電結合に由来する電流遅延を取り除き(技術のポイント1および図2)、電流読み出しにオンチップTHz分光技術(技術のポイント2および図3)を適用した。

技術のポイント1:ZnO薄膜における抵抗率等の特性は成膜温度等によって変化する。この成膜温度を適切な値に調整することにより、直流電圧は印加可能であり、同時に高周波に対しては絶縁的とすることが可能だ。このようなZnO薄膜をゲートとしてもちいることで、ゲート材料の高周波応答によって生じる電流遅延を回避した。

図2:グラフェン光検出器の模式図。グラフェンを絶縁体である六方晶窒化ホウ素(hBN)で挟んだものに、金属のソース、ドレイン電極を接続した構造。表面をアルミナ(Al2O3)絶縁膜で覆った後、酸化亜鉛(ZnO)をゲートとして成膜してある。ZnO薄膜をゲートとしてもちいることで、一般的な金属ゲートで生じる電流遅延を回避している。グラフェンに光を照射することで生じる光電流は、ドレイン電極に沿って伝播する。

技術のポイント2:グラフェンを光励起することで生じたTHz電流をオンチップで光伝導スイッチを通して検出することにより、測定帯域~1THzを達成した。これにより、高周波電流をオシロスコープ等の電子機器で測定する従来手法での測定帯域~100GHzによる制限を取り除いた。

図3:サファイア基板上に作製されたグラフェン光検出器とオンチップTHz分光回路の顕微鏡写真。グラフェン光検出器にポンプ光(280fsのレーザパルス)を照射することで生じた光電流はドレイン電極を伝播し、光伝導スイッチにプローブ光を照射することで検出される。ポンプ光とプローブ光の時間差を変えることで、光電流の波形を計測できる。

図4:動作速度220 GHzの実証。(左)光パルス照射による電流の時間変化。(右)フーリエ変換によって得られた電流の各周波数成分の大きさ。電流の大きさが3 dB下がるところの動作速度が220GHzとなっている。

図5:感度と動作速度のトレードオフ。(上)ゼーベック係数(感度の指標)。グラフェン中の電子散乱が小さく、移動度が高いときに感度が高くなる。(下)緩和時間(動作速度の逆数)。移動度が高くなると、散乱がなくなり緩和時間が増加(速度が低下)する。

グラフェンにおける光-電気変換プロセスの解明
 さらに、これらの結果を解析することで、グラフェンにおける光-電気変換プロセスを解明した。特に、これまでの常識とは異なり、電流の応答時間は光検出器の大きさにほとんど依存しないこと、光照射後に電流が発生するまでの時間を電荷密度によって100fs以下から4ps以上まで大きく変化させることが可能なこと、を示した(図6)。この成果は、学術的に重要であるだけでなく、情報処理やセンサ等の用途に合わせてグラフェン光検出器を設計するために不可欠な情報となる。

図6:光電流応答時間の変化。(上)グラフェン中の電荷密度を下げていくと、レーザパルス照射後に電流ピークとなる時間が~100fsから4psまで大きく変化。(下)ピーク時間は、グラフェンの大きさやスポット位置にほとんど依存しない。

今後の展開

 NTTは今後の展開について「今回の成果により、広帯域高速光検出器としてのグラフェンの潜在能力の高さが示された。しかしながら、今回実験に使用したグラフェンはグラファイトから剥離したものであり、量産化には不向きとなる。一般的に大面積で成膜されたグラフェンの品質は剥離によって得られたものより劣るが、成膜技術の発展により、その差は年々縮まっている。今後、量産化を可能にする大面積グラフェンを用いた光検出器の評価を行っていく」としており、「また、グラフェンを始めとする2次元物質(単層または数層の原子層物質)を積層することで自然界に存在しない物質を創造する研究が盛んにおこなわれており、この技術を駆使することで更なる高速動作を実現する物質の探索を行っていく」と説明している。