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世界最高速の帯域100GHzを超える直接変調レーザを開発【NTT】

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SiC基板上メンブレンレーザにより低消費電力で実現

 NTTは10月20日、東京工業大学(以下、東工大)科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の小山二三夫教授と共同で、高熱伝導率を持つSiC基板上にインジウムリン系化合物半導体を用いたメンブレンレーザを開発したと発表した。直接変調レーザとして世界で初めて3dB帯域が100GHzを超え、256Gbpsギガビットの信号を2km伝送できることを確認したという。
 直接変調レーザは、現在、データセンタで広く使用されているが変調速度に限界があり課題とされてきた。同成果を用いれば、今後予想されるトラフィックの増大に低コスト・低消費電力に対応でき、また同技術の研究開発を進展させることで、NTTが提唱するIOWN構想を支える大容量光伝送基盤の実現に貢献していくという。

研究の背景

 データトラフィックは今後も増加を続け、特にデータの集中するデータセンタではサーバ間を接続する光インターコネクションの大容量化が必須だ。一方で、データセンタの消費電力増加は避けなければならず、低消費電力化の要求も同時に満たすことが重要だ。現在、データセンタでは、低消費電力・低コストという特長から直接変調レーザが最も多く使用されている。直接変調レーザは、レーザに注入した電流(キャリア)に比例して光(フォトン)出力が変化する強度変調を利用しているため、キャリアとフォトンの相互作用である緩和振動周波数により、変調速度が制限されている。図1は過去30年にわたる直接変調レーザの3dB帯域の変遷を示しています。90年代にレーザ活性層の高性能化により30GHz程度の3dB帯域が得られているが、その後、大きな進展は得られていなかった。

図1:直接変調レーザの3dB帯域の変遷(付加的な高速化手法の利用なし)

 活性層の高性能化によるこれ以上の改善は困難と考えられるために、付加的な高速化手法としてフォトン-フォトン共鳴が注目され、検討が行われている。これはレーザの発振モードに隣接する縦モードとの離調(ディチューニング)を強度変調時に発生する側帯波の周波数に一致させることにより、その特定の変調周波数付近での強度変調を増強させるというものです。図2はフォトン-フォトン共鳴を適用した場合の3dB帯域の変遷を示している。これまでの検討で3dB帯域55GHzが達成されており、112GbpsのPAM4信号の生成が実現されている。
 さらなる高速化に向けてフォトン-フォトン共鳴の周波数を大きくすることはディチューニングの調整で可能と考えられるが、信号を生成するためには低周波領域から高周波領域にわたる周波数応答特性が平坦であることが必要だ。そのためには緩和振動周波数を大きくし、フォトン-フォトン共鳴周波数の間で大きな落ち込みが生じないようにすることが重要な課題だったという。

図2:フォトン-フォトン共鳴を用いて直接変調レーザの3dB帯域の変遷

研究の成果

 これまでNTTでは、緩和振動周波数を増大するために活性層の光閉じ込め係数に注目し、熱酸化膜(SiO2)付きシリコン(Si)基板上にメンブレンレーザの開発を行ってきた。メンブレンレーザは活性層の光閉じ込め係数が大きく小型という特長から、低消費電力な直接変調レーザが実現できる。一方で、熱伝導率の小さなSiO2上に素子を作製していることから電流注入に伴う活性層の温度上昇が大きいため、電流量を増やしても活性層の利得の飽和により緩和振動周波数は20GHz程度で飽和していた。
 今回、活性層での発熱を抑えることを目的にSiO2の約500倍の高い熱伝導率をもつ炭化ケイ素(SiC)基板上にインジウム燐(InP)系メンブレンレーザを作製したという(図3)。

図3:作製した素子の外観図と走査電子顕微鏡像

 SiCはInPと比較して屈折率も小さいことから、光閉じ込め係数もSiO2上の素子とほぼ同等だ。素子作製は、極薄膜(40ナノメートル)のSiO2を間に挟んで直接接合を用いた。100mWの発熱源を仮定した計算では、活性層長50ミクロンのメンブレンレーザの活性層の温度上昇は、SiO2膜厚が2ミクロンから40ナノメートルになった場合、130.9度から16.8度に大幅に削減されることがわかった(図4)。

図4:50ミクロンの活性層長のレーザで100mWの熱源を仮定した場合の活性層の温度上昇

 実際に作製した素子では、緩和振動数が最大値となる電流値はSiO2上の素子では5.5mAでしたが、今回の作製した素子では30mAまで大きくすることができ、世界最高の緩和振動周波数42GHzと3dB帯域60GHzが得られたという(図5)。

図5:作製した素子の特性(端面からの反射のない素子)

 さらに、出力導波路端面からの光フィードバックを用いて、フォトン-フォトン共鳴が95GHz付近で起こるような素子を設計した。その結果、3dB帯域108GHzを得るとともに(図6)、256GbpsのPAM4信号の生成、および2km伝送に成功したという(図7)。

図6:フォトン-フォトン共鳴を用いた素子の特性


図7:256Gbps PAM-4の生成と2km伝送

今後の展開

 伝送容量が1テラビットを超えるような次世代イーサネットの規格に4つあるいは8つのアレイで対応可能な送信機の実現などが期待される。低消費電力化が同時に実現できることにより、今後懸念されるデータ量の増加によるデータセンタやスーパーコンピュータの消費電力の増加を削減することも期待されます。将来的にはNTTが提唱するIOWN構想に向け、光を中心とした革新的技術を活用し、これまでのインフラの限界を超えた高速大容量通信の実現をめざすという。

技術のポイント

SiC基板上メンブレンレーザ
 メンブレンレーザは、図3に示されたように、低屈折率材料上に作製した300nm程度の膜厚(従来型のレーザの1/10程度)のレーザ。InP層のなかにレーザ活性層が埋め込まれており、基板に水平方向にpn接合を形成した横注入型ダイオード構造になっている。メンブレンレーザは活性層のすぐ近傍に屈折率の小さな物質があるために活性層で発生した光(フォトン)は活性層内に強く閉じ込められる。注入されたキャリアも活性層に強く閉じ込められるために誘導放出が効率的に発生する。これにより、直接変調レーザの低消費電力化や高速変調化が期待できる。図8はSiO2上とSiC上のメンブレンレーザの光閉じ込めの様子を示しているが、図に示すように両者にほとんど差がなくSiCはSiO2と比較して約500倍の熱伝導率を持ち、さらに光閉じ込めも同程度という特長を持つ。

図8:SiO2上、SiC上のメンブレンレーザの光のモード分布

作製技術
 酸素プラズマを用いてSiCとInPをSiO2を介して直接接合している。SiO2はプロセスに耐えうる接合強度を得つつ活性層へのダメージがない接合を可能にするが、熱伝導率が小さなため極力薄くすることが重要だ。今回、接合後の昇温時のガスの発生による膜の剥離等を抑えるため発生したガスを逃がすための溝をあらかじめ基板に形成する工夫で良好な接合を得ることに成功したという。
 図9は作製プロセス。まず、直接接合後にInP基板を除去する(図9(a))。次にレーザのコア領域となる部分の活性層を残して、それ以外のところでは活性層を下部のInP層までエッチングにより取り除く(図9(b))。エッチングの際に保護膜となるSiO2層をマスクとして、InP層が表面に出ているところに選択的にInPを再成長する。これにより、活性層がInP層に埋め込まれる(図9(c))。その後、選択的にドーピング領域を作製し、グレーティング、電極を形成して素子を作製する。

図9:プロセス工程図

キャビティ内フォトン寿命の設計
 緩和振動周波数が大きくなってきた場合に、直接変調レーザの周波数応答は、キャビティ内にフォトンが平均的に閉じ込められる時間であるフォトン寿命や、活性層のゲインの非線形飽和などで制限されてくる。ゲインの非線形飽和係数は活性層に用いる材料などにより決まるため、設計の余地は少ないのが、フォトン寿命はレーザ共振器の設計により制御可能だ。図10はキャビティ内のフォトン寿命を変化させた場合の周波数応答特性を計算により示したもの。計算では、緩和振動周波数は40GHzで一定としている。図に示されるように、フォトン寿命が1ピコ秒付近に設定することで3dB帯域を最大化できることがわかりる。