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光量子コンピュータチップ実現にむけた高性能量子光源の開発に成功【NTT、東京大学、JST】

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 NTTは3月30日、東京大学と共同で、室温動作可能な将来の汎用光量子コンピュータチップに必須となる高性能な量子光源(スクィーズド光源)(※1)を実現したと発表した。スクィーズド光とは量子ノイズ(※2)が圧縮された光で、これを用いることで量子もつれ(※3)を作ることができる。光量子コンピュータチップ実現には広い帯域と高い圧縮率を持った連続的なスクィーズド光が必要とされている。

※1「スクィーズド状態」:非可換な物理量対の量子ゆらぎのうち、片方の量子ゆらぎ(量子ノイズ)が圧縮された状態。光直交位相真空スクィーズド状態では、光の正弦もしくは余弦成分の片方の量子ゆらぎが圧縮され、代わりにもう片方の量子ゆらぎが大きくなっている状態。

※2「量子ノイズ」:原理的に存在する不可避なノイズ。レーザーから発せられる古典的な光は、その正弦・余弦成分に同じ大きさの量子ノイズ(量子ゆらぎ)が含まれる。

※3「量子もつれ」:異なる場所にある2個以上の粒子のスピンなどの量子状態が互いに相関をもち、独立に説明できない状態であること。この相関現象を用いることで、量子コンピュータや量子暗号通信が可能とされる。

 スクィーズド光は非線形光学結晶(※4)に励起光を照射することで生成される。従来手法の多くは、鏡を用いて結晶の中で光を往復させることで量子ノイズ圧縮率の高いスクィーズド光を生成していた。しかし、その帯域は構造上の理由から高々ギガヘルツオーダーに制限されていた。そこで、結晶中に光の通り道を作り、励起光が1回通過する間にスクィーズド光を生成する手法が広帯域なスクィーズド光源として期待されている。この手法ではギガヘルツの1000倍にあたるテラヘルツオーダーの帯域が期待できるものの、これまで連続的な光として報告されている量子ノイズ圧縮率は37%程度にとどまっていた。

※4「非線形光学結晶」:入射する光の強度により屈折率が大きく変化する光学結晶。この性質を利用することで光を用いて光を制御することが可能であり、今回のように光の量子性を制御することができる。

 今回、NTTで研究開発を進めてきた高性能な非線形光学結晶デバイスと東京大学の有する高度光制御・測定技術により、75%以上の量子ノイズ圧縮に成功し、同手法における世界最高値を更新した。この値は、任意の量子計算を実行できる量子もつれ(2次元クラスター状態)(※5)の生成に必要となる65%を超える値となる。また、得られたスクィーズド光はテラヘルツオーダーの帯域を有することが確認できた。これは飛行する光量子ビットの間隔をおよそ300ミクロン程度に短縮し、NTTが光通信応用に開発してきたような光学チップ上での光量子計算を可能にする。さらに計算のクロック周波数を上げることができることから、高速な量子コンピュータの実現も期待される。
 同成果は、3月30日(米国時間)に米国科学誌「APL Photonics」に「Featured Article」として掲載される。また、AIP(米国物理学協会)のハイライト(Scilight)に選ばれている。
 同研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の支援を受けて行われたという。

※5「2次元クラスター状態」:あらゆる量子計算パターンを実現できる量子もつれ状態。一方向量子計算という万能型量子計算手法において重要なリソースとなる。2019年に東京大学古澤教授らによって、1万を越える光量子ビットがもつれた2次元クラスター状態が実現された。

ポイント

  • 将来の室温動作可能な汎用光量子コンピュータチップに必要不可欠となる、広帯域・高性能量子光源(スクィーズド光源)の開発に成功した。
  • テラヘルツオーダーの広帯域性により、光量子ビットの光学長を300ミクロン程度まで短縮することが可能となり、NTTが光通信で培ってきたような光学チップ上での量子コンピュータ実現の可能性を拓いた。
  • 量子コンピュータ自身のクロック周波数も上げることができるため、高速な量子計算が期待される。

研究の背景

 量子コンピュータは従来のコンピュータでは解くことが難しい特定の問題を高速に解くことができることから、世界各国で開発が進められている。なかでも、大規模な汎用量子計算の実現に向けて、一方向量子計算という手法を利用する光量子コンピュータに期待が高まっている。この手法ではあらかじめあらゆる量子計算の重ね合わせとなる汎用的な量子もつれ状態(2次元クラスター状態)を用意しておき、量子ビットを順次測定していくことで残りの量子ビットを操作、任意の計算を実行する手法だ。近年、飛行する光を量子ビットとし、光学的遅延線による時間領域多重方式を利用することで室温下において1万量子ビット以上の量子もつれ状態が実現された。
 この方式では量子性を有した光(スクィーズド光)が用いられる。特に連続的に飛行し、かつ広帯域なスクィーズド光は、時間軸上に短い間隔で情報を載せることを可能にし、量子もつれ状態の大規模化や情報処理の高速化および光学的遅延線の短縮(小型化)に有用となる。例えばテラヘルツオーダーのスクィーズド光は、約300ミクロンの光学長を有する量子ビットを定義可能にするので、時間領域多重に必要な光学的遅延線が光チップ内に集積可能な長さで済む。また、テラヘルツオーダーのクロック動作を可能にするので量子コンピュータ自身の処理速度も高速になる。
 スクィーズド光は非線形光学効果により生成が可能だ。従来の研究ではその量子ノイズ圧縮率を向上させるために光共振器内に非線形光学結晶を設置し、その非線形光学効果を高める手法が採られてきた。この手法ではこれまでの共振器構造の改良により97%以上の高い量子ノイズ圧縮率が実現されてきた。しかし、その帯域は共振器構造のせいで高々数ギガヘルツに制限されてしまい、光が本来もつテラヘルツオーダーの広帯域性を生かしきれない。そこで広帯域のスクィーズド光の生成には共振器構造をとらない単回通過による光生成が必要となる。一般に連続波に対する単回通過の光生成はその効率が小さいため、導波路構造による強い非線形光学効果が利用されてきた。これまで30年にわたり導波路によるスクィーズド光の生成が研究されてきましたが、非線形光学導波路素子作製の難しさや、その材料特性により、報告されている量子ノイズ圧縮率は37%程度であり、2次元クラスター状態生成に必要となる65%よりも小さい値だった。

研究の成果

 将来の汎用光量子コンピュータチップの実現に必要となる、高性能な量子光源の開発に成功した(図1)。光量子コンピュータの量子光源に求められる性能として、広帯域性と高いノイズ圧縮性の両方が必要となる。これまでの研究ではこの2つを同時に満足するものはなかった。今回、NTTがこれまで研究開発を行ってきた非線形光学デバイス(図2)により、この2つの性能を兼ね備えた量子光源を実現した。今回の結果である広帯域性により、飛行する光量子ビットの長さを300ミクロン以下に短縮でき、光チップ内での操作が可能になる。また、同時に光コンピュータ自身のクロック周波数を上げることが可能になるので、高速な量子計算が期待される。さらに今回達成したノイズ圧縮率は、大規模な量子もつれ状態の生成に十分な圧縮率であり、今後の光量子コンピュータ研究開発を大きく加速するものとなる。

図1:今回開発した光源のイメージ図

図2:作製した非線形光学結晶による光導波路の写真

今後の展開

 今回実現したのは光量子コンピュータの光源部分にあたる。今後、この広帯域なスクィーズド光を活用して、これまで以上の大規模量子もつれ状態の生成および汎用量子コンピュータ実現に向けた各種光量子操作を実証する。また、現状これらの実験は光学定盤上でミラー、レンズなどの多数の光学部品とともに実験されており、非常に大きいシステムとなっている。今後はNTTで培ってきた光集積デバイス技術を駆使し、小型の光チップ上で光量子コンピュータを実現するための技術開発を行っていくという(図3)。

図3:将来の光量子コンピュータチップのイメージ(写真は石英系導波路による光信号処理チップ)

技術のポイント

 これまでスクィーズド状態の生成のためにさまざまな手法がとられてきたが、広帯域性と高レベルを連続波に対して両立するのは困難だった。高いノイズ圧縮率(図4)を獲得するには、高い非線形光学効果が必要であり、これまでは非線形光学結晶を光共振器内に設置することでその効率を高めてきた。この手法により、2016年には97%という高い量子ノイズ圧縮率が達成されたものの、共振器構造であるがゆえに生成されるスクィーズド光の帯域は狭くなってしまう。そこで広帯域なスクィーズド光の生成方法として、共振器構造を用いない単回通過による光変換が期待される。単回通過による光変換では高い非線形光学効果を得るために二つの手法がよく用いられる(図5)。一つ目が励起光としてピークパワーの大きい超短パルスを用いる手法だ。この手法では瞬時的に広帯域なスクィーズド光が生成されるが、その生成レートは超短パルスが生成されるレートに制限されるので、遅延線の短縮やクロック周波数の向上にはつながらない。二つ目の手法が、非線形光学導波路を用いる手法だ。単回通過かつ連続波励起であっても、導波路構造による光閉じ込め効果により非線形光学効果を大きくすることが可能となる。非線形光導波路によるスクィーズド光生成は1990年ごろからおよそ30年にわたり研究されているが、その量子ノイズ圧縮率は35%程度にとどまっていた。これは、非線形光学材料の加工が難しく、性能の良い導波路が得られなかったことが原因として考えられる。
 今回、NTTが研究開発を進めてきた非線形光学結晶デバイス(周期分極反転ニオブ酸リチウム導波路)(図2)により、量子ノイズ圧縮率75%を達成した(図6)。作製した光源からは、およそ2テラヘルツ以上のスクィーズド光が生成されていることも確認した(図6)。スクィーズド光の測定においては、東京大学の有する高精度な光制御・受光技術を用いたという(図7)。

図4:スクィーズド状態のイメージ図

図5:スクィーズド状態の生成手法と帯域の関係

図6:スクィーズド状態の量子ノイズと光スペクトルの測定結果

図7:スクィーズド光測定の様子(開発したスクィーズド光源:写真中央部)