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超高精度光周波数の240kmファイバ伝送に成功【NTT、東京大学、NTT東日本、理化学研究所、JST】

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平面光回路(PLC)を用いた光中継装置カスケード伝送

 NTT、東京大学(以下、東大)大学院工学系研究科香取秀俊教授(理化学研究所光量子工学研究センターチームリーダー、同開拓研究本部主任研究員)およびNTT東日本(以下、NTT東)は3月18日、複数の遠隔地間で240kmに及ぶ光周波数ファイバ伝送の実証実験を実施し、データ積算時間2,600秒で、周波数精度1×10(-18乗)に達する超高精度光周波数遠隔地間伝送に成功したと発表した。
 この結果は、現在、世界最高性能の光格子時計(※1)の有する光周波数を、その性能を保ったまま、光ファイバで200kmを超える伝送が可能であることを示している。

 光格子時計は、セシウム原子時計を桁違いに上回る超高精度な原子時計だ。光格子時計の驚異的な精度の高さを利用する応用の一つが、複数の遠隔地に設置した光格子時計を光ファイバで接続し、その周波数差を遠隔比較する「相対論的な効果を使った標高差測定(相対論的測地※2)」だ。それにより、重力ポテンシャル計測に基づく精度1cmレベルの水準点や、地震や噴火の前兆現象につながるわずかな地殻変動の日常監視など、新たなインフラストラクチャへの展開が期待されている。
 同研究において、NTTとNTT東日本は、世界で初めて、平面光波回路(PLC)技術(※3)を用いた光周波数中継装置(リピータ)を開発し、このリピータをカスケード接続した超高精度光周波数ファイバ伝送網を構築した。構築したファイバ網に超狭線幅レーザを伝送させ、伝送精度を評価することにより、1cm精度の標高差比較が可能な1×10(-18乗)という周波数の精度を保ったまま、200km級の遠隔地間へと伝送距離を拡張することを実証した。この周波数伝送精度は、東大・理研が開発した世界最高精度の光格子時計を用いた遠隔地間周波数比較による相対論的測地が可能なレベルとなる。
 同成果は3月17日(米国時間)に米国科学誌「オプティクス・エクスプレス」にて公開される。
 同研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科研費特別推進研究(JP16H06284)および科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」(JPMJMI18A1)の支援を受けて行われたという。

※1光格子時計:2001年に東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊助教授(研究当時)が考案した原子時計の手法。「魔法波長(魔法周波数)」と呼ばれる特別な波長(周波数)のレーザ光を対向させてできる、数十nm(1nmは10億分の1m)の微小空間に原子を閉じ込めて、その原子が吸収する光の周波数(共鳴周波数)を測定する。この光の周波数により、1秒の長さを決める。光格子全体には多数の原子を捕獲できるので、それらの原子の共鳴周波数を一度に測定して平均をとることで、短時間で時間を決めることができる。

※2相対論的測地:アルベルト・アインシュタインによって築かれた現代物理の基本理論の1つである一般相対性理論では、「重いものの周りでは時間は遅く流れる」という現象を論じており、超高精度な時計ではこの現象を観測することができるようになる。複数の超高精度な時計の時間の進み方(周波数)の差を読み取り、重力の変化を検出することで、時計の設置場所間の高低差を測定することが可能だ。この原理を測量に応用することは、相対論的測地と呼ばれている。

※3平面光波回路(Planar Lightwave Circuit: PLC):NTTが実用化してきた光導波路技術で、光導波路をLSIと同様のプロセスで製造でき、さまざまな干渉計を集積することができる。PLCは製造の自動化が可能であるため量産性に優れ量産時のコスト低減効果が大きいという特徴と、光ファイバと同じガラス素材で導波路を形成できるため低損失で信頼性が高いという特徴がある。同技術は、大容量光ファイバ通信で用いられる波長多重器/分離器や光スイッチなどのデバイスで実用化されている。

実験の背景

 光格子時計は、光の周波数(数百THz)を基準とする超高精度な原子時計で、その周波数精度は現在の「秒」の定義となっているセシウム原子時計を桁違いに上回ることから、次世代の「秒」の定義の有力候補として世界中で研究されている。アインシュタインの一般相対性理論によれば、異なる高さに置かれた2台の時計を比較すると、低い方の時計は地球の重力ポテンシャルの影響を大きく受け、ゆっくりと時を刻むことが知られている。この原理を用いて、全国的に複数の遠隔地に設置した光格子時計を光ファイバで接続し、その周波数差を遠隔比較する「相対論的な効果を使った標高差測定(相対論的測地)」は、従来の原子時計ではできない新しい応用として注目されている(図1)。これを実現することによって、現在のGNSS(Global Navigation Satellite System)による測地精度では困難な1cm精度の標高差測定が可能になり、各地の標高差を1cm精度で常時モニターすれば、重力ポテンシャル計測に基づく水準点や、地殻変動の監視など、新たなインフラストラクチャへの展開が期待できる。

図1:光格子時計のファイバネットワーク化による相対理論的測地

 地殻変動をリアルタイムに観測するためには、1×10(-18乗)という精度で2台の光格子時計の周波数差を数時間で計測する必要がある。光格子時計は、この極限的高精度にわずか数時間のデータ積算(平均化)時間で到達するという他の原子時計には無い特徴を備えており、現在、世界最高性能を有する光格子時計では、10,000秒以上のデータ積算時間で、周波数精度1×10(-18乗)に到達する。そのため、この光格子時計の特徴を最大限活かした相対論的測地の実現を想定した場合、まず第一歩として、光ファイバによる光伝送が、10,000秒よりも短いデータ積算時間で、周波数18桁まで安定であることが必要不可欠となる。さらに、このような光格子時計の光伝送ファイバネットワークを全国規模に敷設することを想定すれば、そのファイバ距離の拡張性も重要な要素となる。過去に、東大・理研では、その最も基本的な実験として、2017年に本郷(東大)-和光(理研)間において、30kmの無中継ファイバ伝送による2台の光格子時計の周波数比較を実現し、数cm精度の遠隔地間標高差測定の原理実証を行った[Takano et al., Nature Photonics 10, 662 (2016)]。東大・理研で開発されたファイバ伝送の手法では、無中継で伝送できるのは100kmまでが限度であり、数百kmの県レベルや数千kmの全国レベルにまで拡大するには、高精度を保ったまま光を中継しながら伝送する技術が必要となる。
 同実験では、県レベルの域内における光周波数伝送ファイバネットワークを想定し、1cm精度の標高差測定を実証するために、200km級の超高精度光周波数ファイバ伝送技術の実現を目指したという。

実験の成果

 今回の実験は、1cm精度の標高差比較が可能な1×10(-18乗)という周波数の精度を保ったまま、200km級の遠隔地間へと伝送距離を拡張するために、複数の区間に分けて、リピータを介して中継するカスケード方式を用いたことを特徴としている。そのために、NTTとNTT東は、2015年10月より、東大本郷キャンパスを基点にNTT厚木研究開発センタまで、複数の中継局(電話局)を中継した実証実験用の超高精度光周波数伝送ファイバリンクを構築した。リピータによる中継では、光の位相を検出するために光干渉計が用いられるが、従来の空間光学系やファイバカプラを用いた光干渉計では、干渉計自体が発する雑音を除去できないという問題があった。そこで、NTTが独自に開発した平面光波回路(PLC)による差動検波型マッハツェンダー干渉計を用いることで、安定に動作するリピータシステムを開発し、温度・湿度・振動等の細心の対策が施された実験室環境とは異なる電話局内の商用環境に設置した。この実証実験用ファイバリンクを用いて、1秒間のデータ積算時間で3×10(-16乗)、2600秒で1×10(-18乗)の周波数安定度(※4)および精度での伝送を実証したという。この周波数伝送安定度は、香取研究室が開発した世界最高精度の光格子時計を用いた遠隔地間周波数比較が実現可能なレベルであり、相対論的測地応用につながる成果となる。
※4周波数安定度:周波数がどれだけ正確かを表す精度の指標の1つ。周波数安定度は、ある中心周波数fに対して、測定した周波数のばらつきをΔfとすると、Δf/fと表す。

実験の説明

図2:和光―本郷―厚木超高精度光周波数配信ファイバリンク
同実験では、東大・理研が本郷-和光間光格子時計周波数比較実験に用いた光ファイバと、NTT東が今回新たに構築した本郷-厚木間商用ファイバリンクを本郷で接続し、和光(理研)-本郷(東大)-厚木(NTT)間150km級光周波数伝送ファイバリンクを構築しました。本郷-厚木間には3つの中継局舎(電話局)を用意し、19インチラック1基にリピータシステムを設置した。各局舎のリピータは、別の通信ネットワークを介して、遠隔操作することが可能だという。


図3:本郷―厚木―本郷ループ測定による周波数伝送安定度の評価
ファイバリンクの光周波数伝送精度を評価する実験では、理研に設置している超低膨張ガラス共振器に安定化した波長698nm(周波数429THz)の超狭線幅レーザ(時計レーザ※5)を基準とし、その2倍の波長である1397nm(215THz)をファイバ伝送する光周波数として用いた。理研から東大へファイバ伝送した215THz光周波数基準を東大及び局舎Aのリピータにより中継してNTT厚木に送り、NTT厚木からはもう1本のファイバを使って、局舎Bのリピータで中継して、東大まで戻す本郷-厚木-本郷の240kmループ網を構築。東大から送った光周波数と、ループ網により戻ってきた光周波数の差を検出することで、この図3が示す通りファイバリンク伝送の周波数安定度を評価することに成功した。その結果、周波数安定度は、1秒間のデータ積算時間で3×10(-16乗)、2600秒で1×10(-18乗)と評価された(右グラフ緑実線)。この評価結果は、東大・理研が開発した光格子時計の周波数安定度を1桁程度上回っており(右グラフ灰網線)、ファイバリンクを介して光格子時計の10(-18乗)精度周波数比較が数時間の測定で可能なことを意味している。
※5時計レーザ:光格子時計において、原子の共鳴周波数を測定するためのレーザのことを指す。共鳴周波数を測定することにより、原子の共鳴周波数をレーザの周波数にコピーすることになり、光格子時計の時間基準を読み出すことに対応する。一般的に、スペクトル線幅数Hz程度の超狭線幅レーザを、時計レーザとして用いる。

技術のポイント

図4:1397nm波長帯を用いたカスケード型ファイバ雑音補償技術※6(東大・理研・NTT)
今回の実験で構築した超高精度光周波数ファイバ伝送網は、ストロンチウム原子による光格子時計の周波数比較実験に用いることを想定している。ストロンチウム光格子時計が提供する光周波数基準(時計周波数)は、698nm波長帯であり、今回の伝送実験で用いた1397nm波長帯は、ちょうどその2倍の関係がある。この関係により、波長変換デバイスを1つ用いるという簡素な構成で、光格子時計の光周波数基準をファイバ伝送可能な波長帯に変換することが可能だ [Akatsuka et al., Japanese Journal of Applied Physics 53, 032801 (2014)]。
 一方、伝送に用いる光ファイバには、日々の温度変化によるファイバの伸縮や、敷設環境に由来する振動などさまざまな雑音があり、ファイバ伝送される光周波数の精度の劣化を引き起こす。このファイバ雑音を補償する技術がファイバ雑音補償技術であり、リピータは、ファイバ雑音補償機能と再生中継機能を1つの装置にまとめたもの。ファイバ雑音補償された光周波数を次の区間へ中継し、またファイバ雑音補償するという繰り返し(カスケード)接続により、精度劣化を可能な限り抑えて遠隔地へ伝送することが可能だ。
※6ファイバ雑音補償技術:精度の高い光周波数を光ファイバで遠方に送る際、ファイバの敷設環境に由来する周波数雑音を補償し、精度の劣化を抑えて伝送する技術。ファイバ伝搬後の光を一部折り返し、送信元で光干渉をとることでファイバ雑音Φ(t)を検出し、周波数シフタにより-Φ(t)を与え、ファイバ雑音を補償する。ファイバ雑音補償技術では、ファイバの往復伝搬時間よりも速く変動する雑音は補償できないため、補償区間を短くすることによって、できるだけ忠実にファイバ雑音を補償することが可能だ。

図5:石英光導波路による集積型光干渉計技術(NTT)
リピータに、複雑な光の干渉計を高精度かつ集積化可能とする石英系平面光波回路(PLC)技術を適用した。これにより、リピータが小型化されるとともに、安定性や検出感度の向上が実現されている。具体的には、リピータレーザの位相を同期するための光干渉計と、ファイバ雑音を検出するための光干渉計をワンチップに集積実装した。光路長が精密に設計された干渉回路を光チップ内に作り込むことで、温度等の環境変動にも強く、光干渉計自体に由来する雑音を極限まで低減することに成功している。また、光干渉計の光の差動出力を利用することにより光干渉信号の差動検波を可能とし、検出感度の向上を図っている。

今後の展開

 同実験チームは「今後、今回構築した超高精度周波数伝送ファイバネットワーク環境を用いて、和光および厚木に設置する光格子時計の周波数比較実験を実施する予定だ。これにより、200km級の遠隔地間で、数cm精度の標高差を検知する相対論的測地の実証に挑戦する。さらに、JST未来社会創造事業“クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築”で目的とする光格子時計の全国規模のファイバネットワーク化を想定し、より多中継で安定な運用が可能なリピータの開発を進め、この超高精度光周波数基準のファイバ伝送技術を1,000km級まで拡張した実証実験環境を構築する予定だ」としている。