世界初、光ケーブル構造により光ファイバ内の伝送特性を制御【NTT】
テレコム 無料モード多重による長距離・大容量光伝送路の実現に向け大きく前進
NTTは3月9日、同一光ファイバ内で複数種類(マルチモード)の光を利用するモード多重伝送において、光ケーブルの構造を最適化することにより、光ファイバ内を伝搬する信号光間の伝送時間差を低減することに世界で初めて成功したと発表した。
モード多重伝送ではモード数に応じた大容量化が期待できるが、各モードの伝送時間が異なるため、受信器の信号処理が複雑化する問題がある。今回、光ケーブルの設計パラメータ(光ファイバを束ねる強さや間隔など)を最適化することで、曲がりや捩れなど光ケーブル内の光ファイバの実装状態を意図的に制御し、マルチモード間の光信号の干渉による伝送時間のばらつきを最大60%低減できることを実証したという。NTTは「本成果により、モード多重伝送の基盤となる光伝送路技術の実現に向け、光ファイバと光ケーブルの同時最適により伝送特性を制御するという新たな指針を示すことができた」としている。
今後、光ファイバおよび光ケーブル技術の更なる最適化を図ると同時に、モード多重伝送に必要な接続・周辺技術の検討を進め、NTTが提唱するIOWN構想を支える大容量光伝送基盤の実現に貢献していくという。
今回の成果は、OFC2020において、光ファイバケーブル部門で平均スコアが最も高かったトップスコア論文として採択され、現地時間の3月9日に発表される。
研究の背景
5GやIoT技術の本格導入を目前に控え、光通信基盤を行き交うデータ通信容量は指数関数的に増加し続けている。この増え続けるデータ通信需要に持続的に対応すべく、既存光ファイバの伝送容量を拡大する空間分割多重技術が世界的に研究されている。空間分割多重伝送用の光ファイバは、1本の光ファイバ内に複数の独立した光の通り道(コア)を有する「マルチコア光ファイバ」と、共通のコア内を複数種類(マルチモード)の光が伝搬する「マルチモード光ファイバ」の2種類に分類することができる。
これまでNTTのマルチコア光ファイバの研究においては、現在使用されている光ファイバと同じ国際規格に準拠した細さで、既存技術が活用しやすいマルチコア光ファイバの研究開発などを進め、その長距離・大容量伝送への適用性を明らかにしてきた※2。
一方、将来にわたり増え続けるデータ通信需要を持続的に支えていくためには、マルチコア技術に加え、マルチモード技術の活用も不可欠になると考えられる。しかし、マルチモード光ファイバでは、伝搬するモード間で伝送速度が異なるため、モード間干渉による時間軸上の分散が増大し、受信側における光信号の処理が煩雑になるといった問題がある。モード間の伝送速度差は、光ファイバの構造条件を最適化することで低減できるが、光ファイバの曲がりや捩れといった設置状態にも依存して変化してしまう。このため、光ファイバケーブルおよび光伝送路全体でモード間の伝送速度差を制御することは極めて困難だった。
今回の研究概要とその成果
今回の研究では、NTTが開発した細径高密度光ケーブルにおける設計パラメータを最適化することで、
1・実装される光ファイバに加わる曲がりや捩じれ状態の制御
2・低損失性とモード間伝送速度差低減の両立
の2点を可能にし、世界最小のモード間伝送速度差を有する細径高密度マルチモード光ケーブルを実現した。
この成果は、光ファイバ伝送特性の光ケーブルによる制御性を世界で初めて明らかにしたものであり、モード多重伝送用光伝送基盤の実現に向け、光ファイバと光ケーブルの同時最適により伝送特性を制御するという新たな指針を示したものと言える。
研究の詳細
1・細径高密度光ケーブルにおける光ファイバ実装状態の制御
細径高密度光ケーブルは、図2左上部の断面図に示すように、直径約10mm程度のケーブルの中に200心(200本)以上の光ファイバを高密度に収納できる光ケーブル。この高密度実装は、図2左下部に示す間欠固定光テープの採用により実現されている。間欠固定光テープは、隣り合う光ファイバが伝搬方向に部分的かつ不連続に接着されているため、光ファイバの断面方向に自在に変形させることができる。細径高密度光ケーブルには、複数の間欠固定テープを束ねたバンドルファイバユニット(図2左上部)の断面図において赤線で囲った領域)を最密構造に近い状態で充填している。各バンドルファイバユニットは、複数の間欠固定光テープがバラバラにならないようにバンドルテープで束ねられており、バンドルテープの張力と巻き付けのピッチを可変することで、束になる光ファイバに加わる曲がりと捩れの状態を制御することができる。
同研究では、このバンドルテープの張力と、実際に光ファイバに加わる曲がり量の関係が、二重らせん構造のモデルで記述できることを、実際に作製した光ケーブルのX線による断面画像(図2右上部)を用いて明らかにした。図2右下部の図面は、ケーブルの位置(長さ方向)に、特定光ファイバのX座標がどのように変化しているかを評価した結果で、測定結果(青の実線)と、計算結果(破線および一点鎖線)の変化と良く一致していることが分かる。なお、破線および一点鎖線は、それぞれ光ファイバおよびバンドルテープの座標変化を表している。
2・低損失性とモード間伝送時間差の低減
一般的に、光ケーブル内の光ファイバに過度な曲がりや強い側圧を加えると、光ファイバの伝送損失が増加するといった問題が生じる。同研究では、バンドルファイバユニットを束ねる張力と、ケーブル化後の損失特性の変化、並びにモード間伝送時間差(空間モード分散係数)の関係について明らかにした。なお、マルチモード光ファイバは、一つのコアの直径を大きくする方法(単一コア型)と、複数コア間の光の行き来(結合)を利用する方法(結合コア型)の2種類で設計することができる。
今回の研究では、曲がりや捩れの影響をより顕著に受けやすい結合コア型のマルチモード光ファイバ※6を対象にし、2個のコアで2モードを伝搬可能な光ファイバを用いて検討を行った。この結合コア型の光ファイバを張力条件の異なる状態でケーブル化した4種類の光ケーブルA~Dを作製し、その伝送特性を比較した。図3左の上段および下段に示されているのが、相対張力に対する損失および空間モード分散係数の評価結果。図3から、損失は過度な張力により増加する傾向にあるのに対し、空間モード分散係数は張力とともに低下し飽和する傾向を有することが分かる。同研究では、ケーブルCの張力条件を用いることにより、ケーブル化に伴う損失増加を抑制しつつ、空間モード分散係数を、張力制御を行わない場合に比べ約60%低減できることを確認し、図3右に示されるように、これまでに報告されている研究例の中で、世界最小の空間モード分散係数(1.5ps/√km)を実現した。なお、図3に黒丸で示した過去の報告例では、光ファイバの設置状態や光ケーブル構造の最適化は考慮されていない。空間モード分散係数の60%低減は、空間モード分散による伝送距離制限をおよそ6倍に拡大できることを意味する。従って、同研究成果により、これまで困難であった光ファイバの設置状態の制御が可能となると同時に、モード多重用長距離・大容量光伝送路の実現に向け、新たな可能性を示すことができたと言える。
今後の展望
今回の研究成果は、光ファイバ構造と光ケーブル構造を同時に最適化することにより、これまで困難だったモード間伝送時間差の制御を長距離光伝送路として実現できることを示したものであり、光伝送技術および光信号処理技術との融合により、モード多重伝送による更なる大容量化の道を切り拓くものと位置づけられる。
またNTTでは、新たな伝送技術の適用により、モード多重信号の太平洋横断級伝送を世界で初めて実現しており、こちらもOFC2020の伝送部門におけるトップスコア論文とし、現地時間の2020年3月12日に発表するという。
NTTは「今後も、モード多重用光ファイバおよび光ケーブルの最適化を進めると同時に、光伝送路の構成に不可欠な接続等の周辺技術の研究も推進し、光伝送技術の研究開発と連携して、モード多重を用いた長距離・大容量光伝送システムの実現をめざす」としている。