量子エニグマ暗号トランシーバを全光ネットワークで検証
テレコム 無料低遅延で高セキュリティーのネットワーク実現に向けて
概要
玉川大学 量子情報科学研究所の二見史生教授、加藤研太郎教授、谷澤健准教授と、産業技術総合研究所(以下、産総研)データフォトニクスプロジェクトユニットは共同で、量子エニグマ暗号トランシーバをネットワークに応用し、安全性を高めた低遅延な全光ネットワーク技術を実証した。実証実験は、産総研が東京都内で運用を進める回線交換型全光ネットワークのテストベッドに、玉川大学が開発したギガビットイーサネット対応の量子エニグマ暗号トランシーバ(TU Cipher-0)を導入して行われた。実験では、フル高解像度(HD)映像配信や遠隔地へのデータバックアップなどを実行した他、通信障害復旧を想定した通信経路切替を実施した。
背景
情報通信の分野では様々なアプリが利用され、サービスが多様化する今日、個人情報等の重要なデータが流出する事故も増え、ネットワークのセキュリティが懸念されている。とりわけ、大容量のデータが流れる光ファイバ回線のセキュリティは、今後、一層高いものが求められる。玉川大学では、光ファイバ回線の安全性を飛躍的に高める量子エニグマ暗号の研究を行っている。量子力学的現象を安全性の根拠とする量子エニグマ暗号は安全性保証が可能である。また、原理的に低遅延で暗号・復号でき、既存の光ファイバ通信回線との相性がよい。玉川大学では、ギガビットイーサネット信号を暗号化して通信する量子エニグマ暗号トランシーバー(TU Cipher-0)を作製し、研究開発を進めている。
一方、ネット接続スピードが早くなり、超高精細映像など大容量データの通信需要のさらなる増加も見込まれている。今後の通信データ量の爆発的な増大で、既存の光ネットワークでは消費電力増大や転送遅延発生がネットワーク発展の妨げになりかねないと危惧されている。産総研は、このような問題を未然に防ぐために、電子ルータを介さずに光のまま経路を切り替える光スイッチを用いた回線交換技術を利用したダイナミック光パスネットワークの研究開発を進めている。昨年9月に、都内にそのテストベッドを構築し、実運用を開始した。電子ルータを介さないダイナミック光パスネットワークでは、ユーザは任意のフォーマットで光通信ができるため、量子エニグマ暗号を利用して、大容量のデータを高いセキュリティの下で低遅延にやりとりできると期待されている。
今回の成果
量子エニグマ暗号トランシーバをダイナミック光パスネットワークの都内テストベッドに導入した。ダイナミック光パスネットワークは、利用者の要求に応じて帯域保証された光パスを張る仕組みを取っており、超低消費電力で大容量のデータを低遅延に伝送することができる。導入した量子エニグマ暗号トランシーバで、この光パスのセキュリティ強化を図った。実証実験は、産総研臨海副都心センター(江東区)内の2地点(ロビー、会議室)と東京大学(文京区)及びカイロス(千代田区)の4地点を光ノード(中央区)で接続して実施された。光ノードは、シリコンフォトニクス・スイッチとMEMS(微小電気機械システム)光スイッチで構成される。光ノードを用いて光パスを張り、次の暗号通信の実証実験に成功した。
- フル高解像度(HD)映像のリアルタイム配信(図1参照)
- 容量がテラバイトの実データ(ビデオ映像)の遠隔地バックアップ
- 通信障害による通信断の復旧を想定した光パスの切替伝送(図2参照)
遠隔地データバックアップでは、暗号を用いない通常のGbEプロトコルでのバックアップと比較して、バックアップ所要時間に大きな差は出なかった。障害復旧では、障害発生後に迂回経路に光パスを切り替え、数秒程度で暗号通信を再開することができた。光ノードでシリコンフォトニクス・スイッチを用いた場合も、暗号通信できることを検証した。
以上の成果は、量子エニグマ暗号トランシーバをネットワーク応用できることや、物理現象で安全性を保証した低遅延な大容量光ネットワークが既存インフラを利用して構築できることを示している。
同研究開発の一部は、文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム/光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点」(平成20~29年度)の支援を受けて行ったという。